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プロフィール

班目 美紀 (Miki Madarame)
 1992年11月26日生まれ

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東京生まれ・東京育ち。

東京学芸大学附属小金井小/中学校
東京都立新宿高等学校
麻布大学獣医学部獣医学科 卒業

大学卒業と同時に新卒フリーランスとして、ライター/編集者としてスタートをきる。

 

 

〜小学生

小学校受験をして、学芸大学の附属小学校に入学する。
進学先の決め手は「動物がたくさんいるから」

小学校時代は、リトミック、ピアノ、水泳、新体操、英会話、書道、テニスなどの習い事に加えて3年生から塾通い。
人生で一番多忙だったのでは…

習い事をこなす反面、学校では遊び続ける。
3・4年生に関しては社会の授業を受けた記憶がないので、いまだに地理はできない。

図書室と保健室が好きなちょっと控えめな女の子。

 

中学生

小学校から内部進学で附属の中学校に進学。
人生で一番、学校の授業が楽しかった時期。

演劇科のある高校の卒業公演を見て演劇に憧れて演劇部に入部。
主役を取りに行くタイプではなく、そこそこの役を手堅く取りにいくタイプ。
演劇部の友達と廊下ですれ違うと「ロミオとジュリエット」の寸劇が始まるような生活。

人数が少ない!という理由でボランティア推進特別委員に入り委員長を務める。

2年生の時に犬を飼い始めて、獣医師に憧れ、獣医学科のある大学に進学するのを目標に受験勉強に勤しむ。

3年生で選択授業「英語劇」を選び、受験勉強と英語劇を両立し、都大会で優勝したのは、後にも先にも賞状をもらった唯一の出来事。

 

高校生

とにかく都会な学校に通いたくて、日本一乗降客数が多い新宿駅から徒歩5分の第一志望の高校に合格。

高校は運動部に入る!と決めていたので、テニス部に入部。
週6日の厳しい練習に耐え抜くがなかなか勝てず、負けては悔し泣きをする日々。

学級委員ってかっこいい!みたいな単純な思考回路で学級委員になるがつまらなすぎて、2年生で文化祭実行委員の幹部に勢いでなる。
例に漏れず文化祭マジックで彼氏ができるなど、楽しい青春を送る。

部活の引退試合翌日から図書館にこもって本格的な受験勉強を始める。

 

大学生

運良く、獣医学科に進学。
(本当に奇跡だったと今でも思う。)

「大学生活」をとことん楽しんだ低学年 〜学生団体時代〜

日本獣医学生協会という全国に16ある獣医学科をつなぐ学生団体で広報部門に所属し、副部門長としてバリバリと業務をこなしながらも、全国の友達に会いに行くために青森や鳥取までフットワーク軽く移動する日々。

広報部門での活動が楽しくなり「PRプランナー」の資格をとる。

「伝える」ということが好きになったのはこの頃。

 

「命」と向き合った中学年 〜東北復興支援・養豚ガール時代〜

2年生の終わりに東日本大震災の被災地へボランティアにいく「クリエイティブの可能性」のツアーに参加して人生が変わる。

3泊4日の中で学生と社会人そして被災地の方という、立場も環境もまったく異なるメンバーで被災地の課題について考え、意見を交わしたことで「生きる」こと「働くこと」に対する価値観が変化し、獣医師以外の働き方をしてみたいと思うようになる。

2年生の頃に行った宮崎県の養豚場での実習で、半年後には出荷されてお肉になる命なのに、農家さんが愛情を込めて育てているということを目の当たりにして、もっと「肉=命」であることを知ってもらって、さらにお肉を美味しく食べて欲しいとの思いから、「養豚ガール」として養豚農家と消費者をつなぐ活動を始める。

「養豚ガール」として、カンボジアの養豚場に日本から参加者を募ってスタディーツアーを開催する。

 

学業に追われながら、自分の道を模索する高学年

大学の授業が忙しくなり、学外の活動を制限し始める。

そんな中でも、2年生の時から関わり始めていた「就トモCafe」でのスタッフ(バリスタ)として就活生支援を続け、生き方・暮らし方を伝えたいと悶々と考え続ける。

5年生の時に「リノベーションスクール」に参加して、古民家の再生や地域活性に興味を持ち始める。
神奈川県逗子市に惹かれ始めたのもこの頃。

 

まだらーのこれから

現在はフリーランスとして、ライター/編集者をしています。

nomad-saving.com

 

幼少期に目指していた獣医師とは異なる道ですが、6年間の大学生活を経て一番やりたいと思うことを仕事にすることしましました。

たくさん動き続けた学生生活の中で、生きていくには息苦しいと感じる場面が多々ありました。
どういう道を選べばいいのか自信をなくすこともありました。
でも、それって誰にでもあることだと思うんです。

日本には、世界には、様々な生き方・暮らし方があると伝えることで、誰かの心を少しでも軽くできたなら…と思い選んだ道です。

今は、業務委託で数社の会社様のオウンドメディアで執筆をしています。

壁にぶち当たることもあるでしょう…
でも、それさえもネタにできたのなら、ライターとして本望です。

あなたの心を少しでもあたたかくできるように、私はライターとして歩みを止めることはありません。